日本企業を30年研究してきたスタンフォード特任教授「日本企業はチェンジマネジメントを推進せよ」
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約30年、日本企業のイノベーションを研究
―まずダッシャーさんの研究内容について教えてもらえますか。
私は1993年からスタンフォード大学で、日米の技術管理およびイノベーションについて研究してきました。現在、具体的には3つの分野を研究しています。1つは新しい技術が、ある産業のバリューチェーンにどんな影響を与えるかといった予測研究です。2つ目は、産学官によるイノベーション体系の研究。人、資金、知識の動きによって生じるシステムの強みやボトルネックについて研究しています。
3つ目は、イノベーション管理です。大手企業とスタートアップの関係におけるオープンイノベーションについて、どのような原動力があり、どうすれば成功するかを研究しています。
また大学では研究だけでなく教鞭も執っています。現在は、日本の文化とシステムについて教えていますし、国際水準の技術管理の問題やアジアにおける企業活動についての授業を行っています。
私の授業では、学外の企業の方にも講演してもらっています。聴講者も学生だけでなく一般の方も招待します。これはスタンフォードの特徴で、学生も産業界の方もお互いに学び合うことで、双方にプラスになっています。たとえばスピーカーにはGoogle Nestの元CTO、ヨーキー・マツオカさんや、自動運転のパネルディスカッションではルノー・ニッサン研究所のCTOなどをお招きしています。
ひと世代かかってイノベーションにシフトした日本企業
―長年、日本の企業活動について分析してきたダッシャーさんから見て、日本企業は近年どう変化してきましたか。
1995年ごろからイノベーションの意識が高まってきて、ひと世代かかりましたが、いま日本のイノベーション活動は活発になってきたと思います。特にスタートアップによるイノベーションとスタートアップ自体の質はずいぶん向上しています。それからスタートアップへの投資環境も発達してきました。この2〜3年、大手企業はCVCなどを利用して、本格的にイノベーションを自分のモノにしようとしています。
イノベーションとは変化の一種で、チェンジマネジメント(変革管理)は簡単ではありません。日本の企業は、イノベーションとは既存のモノに付け加えることだと考えていますが、そうではなく今までのものを抜本的に変えることです。ですから既存のビジネスに付け加えるだけではチェンジマネジメントにはなりません。
またイノベーションをベースとした経済は、先端的な経済です。標準化できる企業活動はどんどん安い方へと流れていきます。高い製造能力や、良いビジネスプロセス、カスタマーサービスを持っていたとしても、低価格にシフトしていくのを止めることはできません。そこで唯一、会社に残るのはイノベーションです。やっと日本の会社はそれに気づきました。
シリコンバレーはひと世代前に、イノベーションをベースとしたビジネスモデルにシフトしました。日本にも新しい考え方を持った企業も出てきましたが、システム全体としてはまだまだです。近年、日本から世界のリーディングカンパニーが生まれていませんよね。日本にもユニコーンは生まれていますが、とても少ない状況です。これは日本全体のシステムの現状を反映していると言っていいでしょう。
第四次産業革命の中、日本企業が生き抜くには?
―日本は「失われた30年」で、1990年代から産業構造の転換が進まず、経済が上向きませんでした。
求められたのがあまりにも大きな変化であったことが要因の一つにあります。ただ、バブルがはじけた後も、日本には旧来型のビジネスの多くが残りました。前世代の成功は、次の世代に悪い影響を与えます。変わらなくてはいけないという意識があれば、変わることはできますが、新しいニーズを実際に感じるまでには、案外時間がかかるものです。ですから日本はひと世代を失ってしまったと思います。規制緩和などの影響が出るのに10年は必要ですし、人の基盤をつくるには、それ以上の時間がかかるのかもしれません。これからだと思います。
日本は少子高齢化問題に直面していますが、これには良い部分もあります。それは新たなニーズを意識するようになることです。新たなビジネスとはニーズから始まります。新技術の用途を探してビジネスを構築することもありますが、社会課題の解決から生まれるビジネスの方が重要です。
それから日本企業には国際化が絶対に必要でしょう。ただ外国人がいるというだけではなく、会社の中枢に外国人が入らなくてはいけません。本当のグローバル化とは、海外でビジネスを開発することではなく、グローバル水準で事業を起こすことです。日本にいても海外にいてもそれが日本の企業が身につけるべきことです。
今の世の中に起こっていることは、産業革命と呼んでいいと思います。革命とは、人の生活の基本的パターンに変化が表れます。デジタル化を第三次産業革命と呼ぶこともありますが、今は第四次産業革命が始まっていると私は思っています。
人工知能、エッジコンピューティング、量子コンピューター、ブロックチェーンなど様々な新しい道具で出てきました。10年後にはITビジネスだけでなく、すべてのビジネスでこれらの新しい道具は利用されるようになるでしょう。例えば、ディープラーニングができたことが素晴らしいわけではなく、ディープラーニングで問題解決し始めたことが重要なのです。
ですから新しい時代はこれからだと思います。革命の真っ最中なので不安な気持ちであることは当然ですが、これまでを破壊するビジネスを注視しなくてはいけません。これは逆に新たなビジネスチャンスがあるとも言えます。例えば日本の労働環境がアメリカのように不安定になると、人々の貯蓄パターンに変化が表れるでしょう。銀行や保険にとっては新たなビジネスが生まれるかもしれません。
―日本の大企業イノベーションで注目しているところはどこでしょうか。
イノベーションにおいては、新しいビジネスを自分の会社のモノにする柔軟性が大事です。そういう意味では、柔軟性を持って変化に対応しているコマツ、富士フイルムは良い例だと思います。日本企業には良い面がたくさんあり、ハングリー精神もあります。
あとは例を挙げるならトヨタ自動車でしょうか。トヨタは将来的には自動車会社ではなく、モビリティ、ロボットを提供するようなサービスカンパニーになるのかもしれません。そう転換していければ会社の成長率を維持することができるでしょう。変わるのは一晩ではできませんが、時間的な焦りを感じないといけないでしょう。時間が掛かるからこそ、いま準備を始めないといけません。
シリコンバレーと共に発展してきたスタンフォード大学
―話題は変わりますが、オープンイノベーションにおいて、企業と大学との連携も重要だと思います。スタンフォード大学は産学官連携にもとても積極的ですよね。
まず歴史的に言うと、スタンフォードができたのは100年以上前で、その頃から学生や大学関係者がこの地域に集まり、他の田舎町とは違う雰囲気はありました。ただ、この町には産業が発達しなかったので、スタンフォードの学生は卒業するとここで就職することができず、みな東海岸に戻っていきました。
1939年、この地で起業したヒューレット・パッカードを支援し投資をしたのは、スタンフォードの電気工学の教授であったフレデリック・ターマンです。これがシリコンバレーの始まりと言えるでしょう。
1953年にはスタンフォードは広大な大学内に、スタンフォード・インダストリアルパーク(現リサーチパーク)を作り、テクノロジー企業を誘致しました。スタンフォードは、企業誘致の際に、事業の相談や学生のインターンシップなど大学との密接な関係を宣伝文句としました。
その後、シリコンバレーが発展するにつれ、大学の役割も変化していきましたが、学問の水準を上げながら産業界との密接な関係を保ってきました。スタンフォードとシリコンバレーは、ともに発展してきたといった感じでしょう。
スタートアップは1960年代から活発になり、人材も集まってきて、社会人教育もスタンフォード大学の新しい役割になりました。先端技術の講座も学外の人にもオープンにしていましたし、テレビを使った遠隔教育も始まりました。大学と産業界はお互いに意識しながら役割を果たしてきたのです。
現在のスタンフォード大学の役割の1つ目は、人材輩出です。そこには起業家だけでなくスタートアップで働くような人材も含まれます。2つ目は、大学の研究に基づくビジネスアイデアの創出です。
3つ目は、特徴あるスタンフォード文化の維持です。ここには世界一になりたいと強い意思を持っている人が多いのですが、学生同士や教員同士の競争よりも、いかに自分のベストを更新するかと考える文化があります。「Work Hard, Play Hard」という言葉もスタンフォードの文化を表していますね。
ただ、大学がビジネスの成功には携わることは多くはありません。技術の応用については研究していますが、ビジネスでの市場をよく理解しているわけではありません。具体的なビジネスモデル、ビジネスプランを考えるのは大学ではなく、起業家です。ですから早い段階でアイデアは大学からスピンアウトしていきます。
大学は根本的に新しいアプローチを研究する
―スタンフォード大学としては、企業と提携関係を組むことで何を得ているのでしょうか
まず企業側から言うと、大学に対していくつかの期待を持っています。その期待の一つは、人材採用です。企業間の採用競争は激しいので能力の高い人を採用するには、大学の中でアピールしないといけません。
それから企業は大学の研究に関心を持っています。スタンフォードは世界的なエリート大学の一つと言われており、半導体や通信、医療、バイオテック、人工知能などその時代の最先端をいく研究者たちが集まっています。企業はスタンフォードへ来るだけで、新分野の技術動向や問題の解決案など、多くの研究者から貴重な意見を聞くことができます。
一方、大学が企業に期待するのは、研究資金です。企業のお金より政府の補助金の方が圧倒的に規模は大きいのですが、初期の基礎的な研究には資金が企業から出ていることが多いのです。ここで成功し、次のステージで政府からの大きな補助金を取りにいくような形になっています。
あとは、企業が持つ経済経営の情報や、学生が企業への接点を持つことなどを大学は期待しますね。
―現在、どんな分野が産学連携において盛んなのでしょうか。ビジネスのようにAIの研究などでしょうか。
AIも研究が活発な分野の一つです。大学の場合はビジネスの世界では考えられないような、根本的に新しいアプローチを開発しようとしています。たとえば昨年作られた新しいAI研究センターである「Stanford Institute for Human-Centered Artificial Intelligence」は人間とAIの関係を中心に研究する機関です。AIの研究者と哲学者が共同ディレクターになっている点が特徴です。
チェンジマネジメントとスポーツチームの監督の共通点
―最後に、イノベーションを推進する日本企業へメッセージをもらえますか。
企業のイノベーションはスポーツと似ていると感じています。スポーツにおいて、たとえ強いチームでも毎年優勝できるとは限りません。選手、監督、様々な要素が関わって、すべてがうまくいくことでシーズンの優勝につながります。同じように、イノベーションでも企業のすべての人が持っているものをうまく融合させて、新しいビジネスを作り上げていくことが重要です。
チェンジマネジメントの推進はスポーツチームの監督の仕事に似ています。チームの監督はうるさく言わずに、自由を与えないといけません。選手の環境をつくり、サポートすることが大切です。優秀なスポーツチームの監督は優勝や成功を収めても、常に何を学んだかを分析しています。トップだけでなく中間層まで各レベルでリーダーシップが重要です。
日本には謙遜の文化がありますが、それは気をつけないと劣等感につながるおそれがあります。ぜひ自分たちのチームの素晴らしいところを認めましょう。そして社内に「ともかく何でもやってみる」といった環境をつくることで、社員は自分のベストを更新することができます。